仙台七夕祭り日本の祭りスポット

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仙台七夕祭り


季節になると、このあたり一帯が飾り付けられる。


----------歴史----------
仙台藩祖・伊達政宗によると言われるが、詳細は不明のままである。七夕飾り・祭り自体は、江戸時代中期頃から全国各地で行われていたため、仙台が元祖というわけではない。しかし、明治に入ってからは新暦の採用などで年々衰退の一途を辿っていった。

1927年に商人有志らによって再び大規模な七夕飾りが飾られるようになり、祭りは活気を取り戻すようになった。まだ今日のような大規模なものではなかったが、戦局の悪化とともに再び小規模なものへとなっていった。

戦後の1946年に復活し、現在のような形式で開催されるようになった。全国の七夕祭りのほとんどが、戦後の復興を目的にこの頃から始まっており、通算回数に大きな違いはない。仙台・平塚の七夕を模範とする自治体は、日本三大七夕(明確な定義がないため、複数の名乗りがある)と称していると言う。平塚については、仙台を模範とすると言う。


----------本祭----------
七夕祭の本祭は、8月6日から8日までの三日間連続して行われる。大規模な飾り付けがされるのは、一番町商店街(東一番丁通り)や大町商店街(中央通り)などの中心部商店街(アーケード街)や仙台駅周辺などであるが、市内各所至るところに小から大までの飾り付けがなされ、街中が七夕一色になる。

ただし、「祭」といっても、秋田の竿灯や青森のねぶたのような熱気はなく、飾り付けを見て、商店街の七夕セールや露店をひやかすというものである。そのため、七夕を見に来た人が秋田や青森のような祭りを期待していた場合は、「期待外れでつまらない」という感想を持ってしまうことが多い。また、竿灯やねぶたと違い、絶えず人の流れに合わせて歩いていなければいけない(商店街はかなりの人混みとなる上に、七夕飾り自体で見通しが悪くなり、さらに七夕飾りを背景に写真を撮る人も多い)。


----------飾り付け----------
仙台七夕の飾り付けは大きく重いため、設置手順が家庭の七夕飾りと異なる。まず、商店街内に店舗を構える各事業所が、滑車をつけた10m以上の竹を、道に埋め込んである専用の差し入れ口に差し込んで立てる。次に、滑車に通した紐に吹流しなどの飾り付けをつけ、紐を引っ張って飾り付けを引き上げる。最後に紐を固定する。

この方法により、道の中央にアーケードのない一番町四丁目商店街では、急に雨が降ってきた場合に吹流しを降ろしてビニールを被せることが出来るようになり、適宜天候に合わせた展示が出来るようになった。また、他の全天候型アーケードのある商店街も含め、夜になると一度飾り付けを降ろして折り畳むかビニール袋などに包んで小さくし、通行人が触れられないほど高くに引き上げている。これによって、深夜・早朝において飾り付けの破壊行為をされるのを防いでいる。


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